人間界に降りてきた六枚の翼の天使は、まだ半人前。
人間界を飛び回りながら、力になれることを探していました。
父、セラフィムや上級天使のように、大きな力を使うことはまだできませんが、役に立ちたいという気持ちはなにものにも負けません。

ある日、天使は、目の見えない女の子に出会いました。
天使は、目が見えるようにしてあげたいと心から強く思いました。
すると、天使の翼の一つが光となって消え、女の子の目が見えるようになりました。

また、ある日、天使は耳の聞こえない女性に出会いました。
天使は、耳が聞こえるようにしてあげたいと心から強く思いました。
すると、天使の翼の一つが光となって消え、女性は耳が聞こえるようになりました。
翼が四枚になってしまいましたが、人の役に立てた喜びに勝るものはありませんでした。

天使は、今度は、どんな料理を食べても味が感じられないと嘆いている料理人に出会いました。
天使はやはり味が感じられるようになってほしいと強く思い、料理人は味が感じられるようになりました。
翼は三枚になりました。

よろよろと傾きながら飛んでいると、次は、全身が麻痺して、寒さも暑さも物の手触りも両親のぬくもりも感じられない病人に出会いました。
やはり 天使は回復してほしいと強く思いました。翼の一つが光となり、病人の麻痺はすっかり治りました。
翼が二枚になってしまいましたが、両親と泣いて抱き合っているその人の姿を見ると、とても嬉しく思えました。

ふと、声が聞こえました。天上界から父が迎えに来たのです。
「お前は人間のためによくやった。さぁ、帰ろう。これ以上翼を失うと、もう天上界には戻れないぞ」。
天使は帰ることにしました。

でも、どうしても 人間界が気になって、一カ所だけ寄り道をすることにしました。
そこには、花の匂いを嗅ぎたいのに、匂いを感じられない女の子がいました。
天使はためらいました。
「ここで翼を失うと、もう帰れなくなるかもしれない。いや、例え翼が一枚になっても頑張って帰ろう。人間というのは、何かが足りなくても頑張って生きていたではないか」
そうして天使は女の子が匂いを嗅げるように強く願いました。
翼の一つが光となって消え、女の子は花の匂いが嗅げるようになりました。

「よし帰ろう」、女の子の幸せそうな表情に満足して帰ろうとしたとき、女の子の母親がまったく喜んでいないことに、天使は気がつきました。
その母親は、娘が花の匂いを嗅げないことに心を痛めるあまり、感情をなくしてしまっていたのです。
天使は、母親を救いたくてしょうがありませんでした。
女の子は天使の表情を察して、「行ってください」といいました。
それでも天使はどうしても助けたくて、感情を取り戻してほしいと心から強く祈りました。
すると、天使の最後の翼が光となって消え、母親の目から涙がこぼれました。
女の子も泣きました。
天使もなんだか涙がこぼれてきました。

天使は、六枚の翼を全て失い、人間となってしまいました。
もう天上界には帰れません。
それでも、喜びと満足感は胸の中に赤々と燃えていました。
天使は、人間としての身体があることに感謝し、人間として生きていけることがとても意味あることに思えました。

その後、その天使は人間として一生を終えました。
人間として命を燃やし、ようやく天上界に帰ることができたとき、天使は、あたたかいあたたかい愛の光に包まれました。

「ANGEL -A Novelist Gives Enlightening Light-」2010