悟りに達する Realization

二ヶ月間ほど空いて、クリムゾンサークルでは月例のシャウドが行われました。
長く続いていたPassionシリーズが終わり、Merlin I Amシリーズがスタートしました。

「夏の終わりまでに世界中で千人を超える人が悟り(Realization)に達する」という言葉から、半年間。これまでのシャウドでは、一切、悟りに達している人が続出しているという描写はなく、「いつ達するのか、どうやって達するのか」というシャーンブラたちのいらだちが続いてるようでした。コロナも終息していないですし、アダマスの予言が当たっていないんじゃないかな、と。

前回のブログで書きましたが、ぼくは9月4日にRealizationに達しましたが、
なにせ何の証明もないし、なにをもってそう認定していいのかわからず、わずかな疑問を抱えていました。
なにも奇跡的にがらっと変わったわけでもないですから。

そして約二ヶ月ぶりのシャウドは、これまでと少し雰囲気が異なりました。
次に進んでいくぞという空気です。
その中で、「1012人が達した」という言及があり、言葉通り捉えるなら、アダマスの予言通りになったということですね。

そして、結局の所、Realizationとはなんなのか、という話のなかで、
ぼくが前回のブログで書いたようなことをいっていて、
やはりRealization、悟りとはこうなんだな、と確証が持てました。
ぼくの考えは間違っていませんでした。

だから、1012人のなかにぼくが含まれていると思います。
アダマスが現れてそう告げてくれたら本当にわかりやすいんですけど、
この世界、人間の身体に宿っている以上は、あちらの世界のことはよくわかりません。

ぼくは悟りは自覚と意思だといいましたが、アダマスも、
「Realizationに達していることにRealizeすることがRealizationだ」といっていて、
まさに、もう終わっていると知ることです。

最初の頃は終わっていることの変化を実感できないものですが、
神は既に終えていて、自覚と意思によって、徐々に証を見ていくことになります。

にしても、どうして、アダマスは10年以上もRealizationを言い続けていたのか。
彼は今になって、「そんなものはないに等しい」というニュアンスで語っています。
「なぜそんなにも追いかけていたのか」といいますが、彼やトバイアスが唆していたようなものです。

ぼくはアダマスの情報に触れるようになったのは今年になってからですが、
過去の記事も大半を読んでいます。
㖫ざるを得なかったかなとは思います。駆り立てるものがなければ、人は学ばないし、執着を取りきれません。彼はDistraction(気逸らし)とよくいっていました。

ちなみに、ぼくは「打ち消しの心」こそが究極に大切なことであり、引き寄せの法則の「その先」だといってきましたが、アダマスの10年間も結局、打ち消していくプロセスです。同じことです。
最終的にはドラゴンが来て、残ったものをぶっ壊して、人間に降参させるといいますが、それは真の自己が仕掛ける打ち消しの発動ということです。

新しいシリーズ「Merlin I Am」は、Realization後にフォーカスされています。
悟りのあと、どんな暮らしになるのか。
魔法を使い、光を放射する生き方。多次元にわたる生き方。
こうしたことをガイドしてくれるようなので、ぼくも楽しみにしておきましょう。