なかなかに難しいのは、行動することと、なにもしないこと・流れに身を任せることの違いです。
常に行動はしているのですが、人間の行動とマスターの行動には違いがあります。
それは行動の質と量というより、行動にまるわる意識の違いともいえます。
今回は行動の違いを考察してみましょう。

わかりやすい例でいえば、
愛からくる行動か、恐れからくる行動か
ただ、愛や恐れも入り交じっているようで、本人は違いがよくわからないかもしれません。

直感的な行動か、思考に重きを置いた行動か
思考を使っている場合、エゴの解釈が反映されやすいものです
しかし、向こう見ずの行動よりも、熟慮した行動の方がうまくいくことが多いでしょう

気楽で囚われない行動か、がんばってなんとかしようとしている行動か
行動に対する執着の違いというのもあるでしょう。すべてうまくいくような流れがバックグラウンドであるならば、独力でなんとか解決しようという行動は、神なる生き方ではありません。

無計画な行動か、計画的な行動か
計画的な行動の良さもありますが、計画的な場合、上記の独力でなんとかしようというモードになっているので、神の流れをいくらか堰き止めているといえるでしょう。

楽しい行動か、楽しくない行動か
物質界で生きていくなかに喜びがあります。行動していれば、喜びや楽しさはあるはずですが、ほとんど楽しくないというなら、それはどこかおかしいのです。

よく、生きることは、宇宙のエネルギーとダンスを踊るようだと描写されます。
わたしたちの周りにある神の粒子であるエネルギーは、私たち個々のために独自に働いています。物質現象自体はニュートラルでも、一人一人のエネルギーの解釈・受け取り方によって、独自の経験にしています。エネルギーをこねくりまわし、望み通りに持って行こうとするのではなく、エネルギーに働いてもらうのです。その働きについていくのです。

また、あなたが纏うものはなんでしょうか?
愛や自信、喜びや善良さでしょうか? それとも憎しみや恐れでしょうか?
神の粒子は自動的に反応するエネルギーに過ぎません。どちらでも反応して、それらを実現化させていきます。どんな波動を発するかが、行動と結果を変えることでしょう。

内なる自己からすれば、より広大な見地から見えているので、そのガイダンスを活かした方がうまくいきます。ガイダンス自体がわからなくなるのも、よくわかります。ガイダンスばかり気にして、なにもできなくなったという人もいるかもしれません。スピリチュアルに神経質になってしまうと、逆にスピリチュアルから離れてしまいかねません。

あなたは自己の創造の中心にいます。あなた自身の思いも大切にしてください。
しかし、重苦しくならないように。軽やかに、この世界を楽しみたいものです。なんでも深刻に考えないようにしてくださいね。やりたいことが見つかっていなくても、かまいません。あなたは、今、学びに集中している時期なのでしょう。

何が良くて、何が悪いのかに縛られないようにしてください。
何がうまくいって、何がうまくいかないかに縛られないようにしてください。

最後に、イェシュアは、なにもしないとは、行動がないという意味ではなく、
行動にattachment(付着)がないことであるといっています。

行動のヒントになったでしょうか?