知から体験までの遠い道のり

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神の声がなかなか届かないように
ぼくの声も皆さんにはなかなか届かないようです

さて、ぼくはあらゆることを学び、あらゆることを実践してきました。
マインドを変えることも、コントロールすることも、コントロールセンターから退場させることも、ハートにシフトすることもしました。
エゴを瓦解することも、和解することも、退かせることもしました。
フォーカスを変えることも、フォーカスしないこともしましたし、
自己を変えることも、自己から離れることも、自己を愛することもしましたし、
あらゆることを実践することも、あらゆることを実践しないこともしました。

イェシュアがいうことも、ラムサがいうことも、
アダマスがいうことも、エイブラハムがいうことも、
完全に理解しています。
そう、いうなれば、目覚めています。

う~ん、しかし、
常に喜びや愛に満たされているかというと、まったくそうではありません。

人間の身体は重く、ぼくのアイデンティティとしての人生は退屈で、
周りの世界は些細な癒やししか感知できません。

真の喜びや真の幸せがどういうものかを知ってはいますが、
体験には及びません。

人間のままで、神の生き方をするというのは、
まだまだ序の口で、フルで受容するには、
人間を超えた変化がもっと進行しないといけないのかもしれません。

人間の脳を介して体験している世界は、
さほど皆さんと変わらないのです。
世界に対する見方は違いますし、ヴェールの先も見えていますが、
ここはあくまで物質世界であり、人間をまとって体験している世界です。

より内なる情熱が出てくればと思うのですが、
今のところ、静かで、むしろなにもしていたくありません。
止まっている感じでもあります。
ずーっと浄化期間なのか、それともまだピースが埋まりきっていないのか、
そこは定かではありませんが、ぼくのノートには引き続き、
気づきの文章が加えられていっています。

世界は「当然」豊かで、愛と喜びに満ちあふれていますが、
ぼくのマインドはそれを知っているだけで、
当然のように溶け込み、体験している状態ではありません。

恐れも不安も全くありません。
ただ、何も考えないくらい当然にはなっていないので、
ぼくの知が、なにもかも当然となり、既に体験されている
状態になるまで、もう少し静かに歩を進めます。