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答えを見るためのジレンマ

エイブラハムにしても「神との対話」にしてもセスにしても
どれほど膨大な教えがあっても、まったく具体的ではありません。
あなたのために語られたことではないからです。
具体的な人の具体的な事例で教えてくれるともっとイメージが出来るのですが、
わたしたち一人ひとりが自己の体験の中で、該当する答えを見つけ出さなければいけないのです。
本当に難儀であり、時間のかかることです。

「奇跡のコース」のなかでキリストが「これが答えです」と示している答えにしても、
どこまで読んでも具体的ではなく、どんなに体験したくても体験できません。
わたしたちは暗闇にいて、「ここですよ」といわれているのに、
まったく見えないし、触れられない、そんな感覚です。

バーソロミューのカーテンのくだりと、
「奇跡のコース」で語られているエゴの見る夢は同じ事をいっています。
どちらも、わたしたちが見ている現実世界の幻想から焦点を外し、
神に焦点を向けるようにいっているのですが、神に焦点を向けるにも
いったいどこにいるのでしょうか?

神はどこにもでもいる、といわれて、さぁその視線を向けた対象が、
カーテンでもエゴの創り出した夢ではないと、どうしたらわかるでしょう?

キリストは、あなたが見る世界を超えて見てくださいといいますが、
どのように見ればいいのでしょうか? またなにが見えるのでしょうか?
どうすれば見えたという証拠が得られるでしょうか?

というように、頭では理解できていても、自己の体験として「これだ!」
とつかむまでには、果てしなき迷路があるようにも感じます。

その先は、わずかな距離なのに、決定的な距離を詰めることができません。
その先になにが見えるか?

それは、価値判断のない、純然たるありのままの姿です。

何が違うのでしょう?
これまで見てきたとおりの景色です。

距離を詰めて、現実世界の先を見たとき、
見えるのはやはり現実世界です。

同じ物事であっても、価値判断や社会意識の基準で見るのか、
価値判断なく、社会意識に囚われず、純粋でありのままを見るのか、
肉体の視覚で見えているものは同じなのですが、
違う視覚で捉えています。

それがキリストのヴィジョンなのです。

まだ見ぬ最高の幸せを見るとき、
あなたはこれまで見たものと同じものを見ています。

そこには決定的な違いがあり、その違いがわかるのは本人のみです。

 

 

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